こんにちは、さすけです。
今回は怪童と言われて
活躍した中西太選手になります。
怪童の割に俊足だったりと
以外なエピソードも有りますので
ご覧下さい。

甲子園出場

1年生の春・夏と
3年生の夏に
合計3回出場しています。

あれ?と思いませんか?

1年生の春は
出場出来ないのでは・・・・・
しかし偶然出場出来たんですね。

1年生春出場

結論から言いますと
高校1年の時に
学校制度変更により
偶然にも出場出来ました。

昔は中学が5年だったんですね。
そこで中西選手が中学3年から
4年に進級する時に
学校制度変更になりました。

そして学校名は

旧制高松一中➡
新制高松第一高校に
変わったのですが、
同じ学校であり
旧制から野球部
所属していたため
出場が可能になりました。

中西さんの始球式です

3年夏の甲子園

1回戦岡山東高校戦

ランニングホームラン
左中間に放ち
勝利に貢献しています。
12-3と言うスコアにて
圧勝ですね。

体形がずんぐりしてますが

結構足が速くて
プロ入り後も最高で
36盗塁を記録した事があります。

2回戦福島商業戦

2試合連続となる
ホームランを放って
2-0の勝利に貢献しています。

このホームランも

ランニングホームランとなっており
俊足を見せつけています。

準々決勝芦屋戦

6-2と危なげなく勝利しています。
この時のエピソードとして
中西選手が打った
セカンドライナーを
キャッチした選手が
あまりの打球の
勢いに尻もちを付いてしまったと言う
エピソードが残っています。

準決勝平安戦

4-0と劣勢で迎えた
9回裏に3点取るも
追いつけずに敗退しています。

高校通算本塁打は

ランニングホームランの
2本と少し寂しい結果になっています。
甲子園も3回出場しましたが
優勝は出来ていません。

怪童の由来

最後の3年生夏の大会を
見ていた解説者の
飛騨穂洲さんが
怪童と言う
ニックネームを付けました。

打つ打球の速さが

高校離れして
早かったんでしょうね。

怪童と言う名前が

一般に浸透して
プロ入り後も
怪童と言う
ニックネームで
親しまれました。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

過去の歴史やあるあるネタなど色々あります。